ちゃーお仕事から帰ってきて部屋の片付けやら洗濯物干したり洗い物したり乾いた服たたんだりコロコロしたりしーた!まぢ夜中から家事奮闘笑主婦になる日も近い相手いねぇーww今日仕事わやだったよイライラしっぱなしなわけぢゃけ宮村は急に現れたと思ったらバックにずっとおって邪魔やし客に腹立つこと言われて泣きそうになるし…自分のことなんぢゃけ自分が1番分かってますよ?あーたいぎいキレそうだった文句言うなら違う店に行けやあんたらのワガママ聞いとる暇なんか無いんぢゃけんガールズバーゆうてもあんたらに対して都合のいい接客とかできんけ…って言ってやりたかったそしてあたくし…イライラしてきて物に当たりはじめて吐き気がしてきて若干体調悪かったしそんな客と同じ空間におったら怒り狂いそうになりそうだったけ宮村に帰宅宣言帰らせてくれた接客まともにできんとか…あたしダメやんかプロなら笑ってごまかせるんだろうねあたしはこの2年間夜で何を学んできたんやろ…結局自分に残ったのは疑心暗鬼だけやんか人を信用できんとか悲しすぎるわ友達・恋愛・仕事全部の悩みが一気にきとるあーもぅりかぴ話し聞いてくれてありがとぉベランダでの会話楽しかったぁー笑あたしんちの1階下がりかぴの家ぢゃけんねあとねぇさこのアルバム見たら笑いが止まらんなったうちのボーイは変な人多いさこと恵介のネタは素晴らしすぎるwwけどさこの浴衣姿にはひいてしまったわ笑周りから見たらアホな集団に見えるよ絶対けどそんな君らが僕は好きなんです笑てか雨めんどくさぁ洗濯物が部屋干しぢゃけなんか嫌だーもう梅雨の季節なん?明日起きたら降ってませんようにー!明日仕事休みやわーいさーてッそろそろ寝るわあでぃ


さまよって見つけたBLOGのメモ&ブックマーク的日記テレビ放送が始まったころうちの爺さんがあんなもん見てると馬鹿になると言ってたなぁーここの関連おもしろいな----------以下↓のパクリ--------最近のテレビは面白くない・テレビ番組の低俗化が一層進んでいる・民放は視聴者を馬鹿にしたような番組しか作らない・最近の若い人たちはもうテレビは見ない、などの声は何年も前から聞く。その割になぜテレビ局のビジネスモデルが破綻しないのか、なぜ民放のプロデューサーたちが高給をもらい続けることができるのかが私には不思議でしょうがないが、そこはあまりにも奥が深い話なのでひとまず置いておいて、まずは「(視聴者が必ずしも望んでいないのに)なぜテレビ番組の低俗化が進んでしまうのか?」とう部分にフォーカスを当てて、一つづつ疑問を解消していきたいと思う。 私は「なぜテレビ番組の低俗化が進んでしまうのか?」という疑問に対する答えは、マクドナルドに代表される「ジャンクフード・ビジネスモデル」にあると思う。「ジャンクフード・ビジネスモデル」とは、慢性的な食料不足にあった原始の時代から人間のDNAに刻み込まれた「とりあえずカロリーがあるものやしょっぱいものは食べられるときに食べておく」という基本的な欲求に直接的に訴えかけることにより、とにかくより多くの利益をあげることを最優先にし、客のリピート率を上げ、客単価を一円でも多くし、フランチャイズ化でマーケティング効率をあげ、マニュアル化と非正社員の活用で利益率を上げることに究極にまで効率化をはかったビジネスモデルのことである。 これは古き良き「おいしいものをたくさんの人に食べて欲しい。そして、その結果が売り上げや利益の上昇に繋がるのであればもっとうれしい」という考えとは大きくベクトルの違うものであるが、資本主義社会でビジネスを営む限り、当然の結果である(その結果、アメリカでは特に貧困層を中心に肥満が増えるという悲惨な結果になっているが、その話はまた別の機会に)。 私から見れば、民放の作る「いわゆる低俗バラエティ番組」はまさにジャンクフードである。笑いのツボをわざわざ大きな字幕で表示する・面白いシーンを何度も繰り返す・クイズの答えをコマーシャルの後まで引っ張る・事前の知識や知恵がなくても楽しめる番組ばかり作る・政治家や企業の失言や失敗を鬼の首を取ったように批判する、などのすべては、視聴者の大脳よりは小脳に近い部分に直接訴えかける砂糖や塩のようなものである。誰もが「こんなもの食べても体に良いことはない」と知りつつもついつい食べてしまうジャンクフードと同じく、「こんなものを見ても時間の無駄だ」と知りつつもついつい見てしまうのが今のバラエティ番組である。 これだけなら、「レストラン業もテレビ放送事業も所詮同じ道を歩んでいるだけ」という話なのだが、一つだけ大きな違いがある。放送事業者にだけ与えられた「限られた電波帯を独占的に使う権利...放送免許」である。 これがあるために、レストラン業と異なり、十分な競争がおこらず、NHKを除くすべての民放が視聴率稼ぎの低俗番組作りに走り、立ち並ぶレストランのほとんどすべてがジャンクフード屋と化してしまっているのが今の日本のテレビの現状である。レストランを選ぶ時には、「今日はデートだから少しきばってファンシーなレストランで食べよう」とか「少しぐらい高くても、おいしくて健康に良い食事をしよう」という選択枝があるのだが、テレビの場合には「ゴールデンタイムには、NHKか、野球か、ドラマか、低俗バラエティ番組ぐらいしか選べるものがない」という状況がここ何年もの間続いているのだ。これでは、人々のテレビ離れが止められなくても仕方がない。アーリーアダプターたちが、誰もが自由に情報を発信することが許されるネットにより魅力を感じるのは当然である。 そう考えると、放送のIP化を進める上で最も大切なことは、地デジの再配信なんかではなく、放送のオープン化、つまり光ファイバーを使うことにより「限られた電波帯」の呪縛から逃れ、誰でも自由にどんなコンテンツでも光ファイバーを通して放送できる仕組みを作ることではないだろうか。「放送免許」という過去の遺物をそのまま光ファイバー上の「マルチキャスト帯域の割当」にするような時代に逆行するようなことだけはしてほしくないというのが私から(日本政府への)お願いである。

E-mail: